関わらなくていい人からは離れること【縁を切ることもまた大事】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

いろんな生徒さんとお話をしていますと、やはり多く上がってくる悩みが「人間関係」です。

僕も以前は、だいぶ苦労しました。

改善策はいろいろとあって、特に僕が影響を受けたのは「」でしたね。

読書することで、先人たちの知恵を借りることができました。

この “社会” で生きている以上、人との関係は切っても切れません。

一人で生きているんだ!

と考えている人は、勘違いしているだけです笑。

今日は「縁を切ること」について書いていきます。

時には縁を切ることも大事なことだ。本を読み、距離を保っていこう。自分を強く持っていれば大丈夫だ。

一人で生きているわけではない

この世界に人間として「生」を受けた以上、人と関わっていかなければ生きていけません。

  • 誰かに助けられながら
  • 同時に誰かの役に立ちながら

僕らは生き、社会は回っているからです。

それを理解しておきますと、

あぁ、人と関わらなければダメなのだな

と、「諦め」がつきます笑。

だからこそ、人間関係において歪(ひず)みが起きることは、なんら不思議なことではありません。

僕らには感情がありますし、それぞれの、

  • 背景
  • 信念
  • 考え方

があります。

それらを「一緒くた」にできるなら、話は早いですが、

それって一体、どんな世界線?

という話ですよね笑。

だから僕らは、人との摩擦や問題を “抱えながら” 生きてゆく運命なのです。

ただ、そこでもいろいろな対処法とはあるものでして。

僕が特に影響を受けたのは、『嫌われる勇気』でした。

他人があなたのことを嫌うかどうかは、他人の課題だ

というもの。

乱暴に言ってしまえば、

人の顔色や意見なんか気にすんな!どうしようもできねぇから!

というお話です笑。(意見を無視しろという話ではない)

  1. 社会では人と関わらざるを得ない
  2. しかし人の目を気にしていても仕方ない

当たり前のことですが、この2点を自分なりに理解するだけでも、だいぶ人との関わり方が変わってきます。

僕はそれ以来、だいぶ気が楽になりましたね。

自分の人生は自分で描くもの。誰にも何も言わせない

と。

この社会では誰かと関わって生きてゆくしかない。それでも、多くの対処法が伝えられてきたのだから、それらを参考にしていこう。

人は変えられないから離れるのが吉

僕が特にやって良かったことは、「学校から離れたこと」でした。

別に、学校が嫌いだったわけではありません。

シンプルに、自分にとって「ストレスの溜まること」があったというだけでした。

組織に属するということは、その分「保証される地位」もありますし、

安定した生活だなぁ

と思っていたものでした。

一方で、

  • 話の合わない教員
  • 思考の凝り固まった教員

などもいて、その分息苦しかったことも覚えています。

そういう意味で僕は、

よし。この場と縁を切ろう

と思ったわけですね。

多くの方は、「縁を切る」という言葉に抵抗があるかもしれません。

さすがにちょっと、強い言葉なのでは?

と。

しかし僕は、「人との縁」に固執し過ぎてしまうことで、僕の人生がよりストレスフルになるのだということを理解しました。

ダメだ。ここにいても、話の合わない教員もいても、どうしようもできない

と。

これは決してネガティブな考え方ではなく、むしろ「積極的な関わり方」であると思っています。

いつまでもグダグダとストレスフルな関係を続けているほうが、よっぽど不健康ですし、なかなか前に進むこともできません。

もちろんバランスは大事で、

  1. 時に我慢することは大事だし
  2. 時に縁を切ることもまた大事

です。

ただ、相手を変えることは「不可能」に近い。

だったら、ここから離れたほうがいいのでは?

そう思ったのです。

これは、みなさんの “気持ち/感じ方” 次第ですね。

本当にイヤだと思うなら、環境を変えるタイミングかもしれませんし。

しかし一方で、

少し我慢してでも、続けなければならない…

というケースもあります。

とにかく事実としては、

他人は変えられない

ということ。

その前提に立った上で、勢い良く「縁を切る」ということも大事なのですね。

これはお互いのためでもあります。

その決断が正解なのかどうなのかは、誰にもわかりませんし、本人のみぞ知ること。

いい按配で離れることも、選択肢に入れておきましょう。

環境を変えるなどして、「離れる」ということも大事な選択肢だ。自分なりに感じていることを見極めて、うまく距離をとっていこう。

縁を切る勇気

多くの人が縁を切れないのは、そこにある「人としての人情」や「見てくれ」を気にしているからかもしれません。

僕も以前は、

せっかくのご縁だし、切ることは全て「失礼」にあたるのではないか?

と思っていました。

しかし、

  • 煮え切らない気持ち
  • 溜まっていくストレス
  • ムダだと思ってしまう時間

などを考慮して、距離を置くことや離れることを選択するようになりました。

これができない人ほど、

  1. ストレスを溜め
  2. その気持ちをグチる

という悪循環に陥(おちい)ります。

それでも、その状況を続けてしまうのは、

そこに勇気が足りないから

です。

は?気持ちの問題だっていうことかよ?

いえ。

こういう言い方をしますと、

勇気ある人なら、いい人間関係を築ける

みたく聞こえてしまいますが、そういうことではありません。

「嫌われる勇気」のように、人と離れる覚悟が必要であって、その決断に踏み切れない人ほど、ずっと「なぁなぁで」関係を続けてしまいます。

本心では、この人と関わっていたくないんだよなぁ…

こう思いながら付き合っているほうが、相手に対してよっぽど失礼じゃないでしょうか。

そんな気持ちでいられるなら、離れてもらったほうがいい

と。

もちろん、そういう気持ちに “させてしまった” 側にも非はあります。

それでも、「絶対に離れないでくれ!」と言われているわけでないのであれば、自ら縁を切るほうが手っ取り早いです。

  • 切る側も
  • 切られる側も

その時はちょっと悲しい気持ちになりますし、エネルギーだって使います。

でもみなさんだって、そうやって恋人と付き合ったり別れたりするじゃないですか。

友人なら?同僚なら?

これらは例外なのでしょうか。

こう僕は問いたいわけですね。(もちろん恋人とは質が違いますが)

そこには「勇敢さ」が必要なのではなく、勇気を持って切るという「覚悟」が必要だということです。

いずれ離れる可能性もあるだろう

という覚悟がないのならば、そもそも人と関わってゆくことなんてできません。

時に、縁を切ること。

これができるからこそ、健全な人付き合いができるのですね。

人と付き合うということは、いつか離れる可能性もあるということ。その前提を呑んだ上で、人と付き合ってゆくべきだ。

おわりに

いつか別れる可能性がある。

それもまた人生です。

それでも、生きていれば人と付き合わなければなりませんし、それが社会というもの。

取捨選択と言えば、聞こえが悪いかもしれません。

しかしその「リアル」に目を向けられる人ほど、健全な人間関係を築いていくことができます。

みなさんも、今一度「自分の立ち位置」を精査し、切るべき縁を考えてみてはいかがですか。

それではまた!

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