30代が若者をひいきしてしまう理由【若者こそ調子に乗れ】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

この間、神奈川県の湘南にある「江ノ島」に行きました。

江ノ島とは、断崖絶壁で階段や坂だらけであり、広くて走り回れる印象はありません。

待て待て、神奈川県民であるはずのせいじは、江ノ島に行ったことがないのか?

そう思い、行ってみたのでした。

それにしても若いカップルが多かったです。

江ノ島には江ノ島ホテルというサウナ付きの施設があるのですが、大浴場でしゃべる若者たちがいたのですが、

若いっていいなぁ

と思って見ていました。

なぜ僕は、若者にそこまで「肩入れ」するのでしょうか。

その理由をお伝えしていきます。

僕は教員として、次男として若者を特別に扱ってきた。これからも、彼らの活躍を見守ってゆくのだ。

先生だから

まず第一に挙げられる理由は、僕が「教員」という立場であることです。

黒川祥子さんの『県立!再チャレンジ高校』(ノンフィクションですが、高校の名前は変更されています)では、

生徒をまず認めてあげるところからがスタートである

という議論が展開されます。

僕も若かりし教員時代は、教師のことをなめきった生徒と、言い合いになったりもしました。

この本では、僕と全く同じような若い教員が登場し、廊下で寝転がっている生徒や問題行動を起こす生徒と対峙します。

若い教師が真っ向から「ふざけるな!」と食ってかかるシーンが描かれており、

最初はそうするよね

と共感しました。

しかし、反抗してくる生徒とは、往々にして、

  • 家庭環境が複雑であったり
  • 親の愛情を一身に受けていなかったり

と、何かしらの事情を抱えています。

そういった背景を知っていますと、生徒対応への対応が柔らかくなります。

大切なことは、

  • 生徒と戦うことではなく
  • 嫌われないことでもなく
  • 甘やかすことでもなく

対話して信頼関係を築くことです。

すると生徒も徐々に心を開いてくれます。

こういう対応を数年続けていると、若い世代の子たちが「かわいく」見えてきます。

生徒たちと関わっていますと、街中の若い子たちが、まるで自分の生徒のように思えてきてしまうんですよね。

普通の大人からしますと、若者たちがワイワイやっているのを見ては、

イキっててうざいな。調子乗ってんじゃねーよ

と思うところがあるかもしれません。

でも僕らが若かった頃も、思い返せば調子にのっていたことばかりではなかったでしょうか。

教員の立場の僕からしますと、彼らはかわいいものですし、

いいぞ、もっと調子に乗れ

と思ってしまいます笑。

もちろん、迷惑をかける不愉快な行動はいけません。

人間若い頃くらいしか、ハメを外せません。

街にはびこる若者たちも「今」を生きており、それを止める権利はありません。

その存在を尊重してあげられるようになれば、自然と若者たちにエールを送れるようになってきます。

若い時だからこそできることがある。大人たちは優しく見守ってあげて、子どもたちが自由に良い意味で調子に乗れる環境を作ってあげよう。

次男だから

僕は兄と妹を持つ次男でしたので、「自分の弟」という存在に憧れを抱いていました。

今配属されている学校では、男子の比率が多いです。

最初こそ衝突が多かったものの、慣れてくるとかわいい弟たちのように見えてきます。

こちらは「年上のお兄さん」ですから、感情的になる必要はありません。

冷静な姿勢を持っておくことで、

  • 歩いている若者カップル
  • グループでワイワイしている若者集団

にも、偏見を持たなくなります。

実はこいつら、本当はいいやつらなんだよな

とすら思います笑。

江ノ島ホテルの大浴場でワイワイやっていた若い子たちも、別に迷惑をかけていたわけではなかったので、僕は横でじっと見ていました。

むしろ、

今を生きるんだぞ

と思いつつ、「なんかおごってやりたいな」という妄想まで出てきました笑。

それはひとえに、僕が想像している「弟」に対する、愛情なのかもしれません。

道ゆく若者たちも、自分の弟や息子という認識を持つとかわいく見えてくる。むしろ応援する側に回れると、なおよい。

成人式を見て

毎年ニュースで取り上げられる、成人式のニュース。

ひと昔前の僕であれば、「嫌悪感」すら抱いていました。

しかし今であれば、

今年も盛り上がってるなぁ

というくらいの認識です。

特に九州のほうの成人式は、やんちゃな格好をしている二十歳の子たちが多いのですが、一方で「中身はとてもしっかりしている子」もまた多い印象でした。

そしてその時、再び頭をよぎったのが、

今しかできないんだぞ

という思いでした。

年を重ねてきますと、年相応の行動をするようになります。

いつまでも若いわけではありませんからね。

ゆえに、「若気の至り」ができなくなってきます。

例えば、30代になった僕が、若い子たちのようにオラオラしていても、ただただ “イタイ” だけですよね。

大人になってきますと、

もっと騒ぎたい!

といった「動」のエネルギーがなくなってきます。

もっと大人びて落ち着いた「静」のエネルギーを、大切にするようになってくるからです。

若い時には若い時なりの、その時にしかない「大きなエネルギー」があります。

それが原因で、時に道を外れてしまうかもしれません。

しかし、心の広い大人たちがそれを受け止めてやるのもまた、「大人の役割」なのではないかなと。

人生に一度の「二十歳の日」なんて、一生の中で一番輝ける時じゃないですか。

そんな時は、「若気の至り」を全面に出していいのです。

中身は、大人になるにつれて磨かれていきますから。

若い時は「動」の大きなエネルギーを持っている。時に間違ってもいいので、思いっきりハッチャケてみよう。若い時しかできないことなのだから。

おわりに

僕は若者たちのことを「」だと思っています。

大人になってしまいますと、輝いている若者たちに対して、

  • 嫉妬心
  • 腫れ物扱い
  • 指をさしたい気持ち

などが出てきてしまいます。

人生の青春のほとんどは、二十歳までに終わる

という言葉があるように、僕らもつまずいたり道に迷ったりしながら、10代や20代を突っ走ってきたはずです。

これだから今の若い子たちは…

と言うのではなく、温かい目で大人たちが見守ってあげればいいのではないかなと。

力づくで丸め込もうとしたり、やり玉に挙げたりせず、間違えたのなら道を正すのもまた、大人たちの役割です。

少子高齢化が叫ばれる日本でこそ、若者たちが輝ける場を提供できれば、社会にも活気が満ちるのではないでしょうか。

それではまた!

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