相手にしたことは自分にも返ってくる【他人のことを批判しないこと】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

最近、こんな動画を見ました。

僕は歴史や政治にはまだまだ知識の浅い人間ですが、ベネズエラやイランの情勢について、僕なりの記事を書いたこともあります。

なるほど。 これは個人についても言えることなのでは?

そう思ったのです。

要は、

  1. 誰かを批判した場合
  2. それは自分にも返ってくる

というものです。

建設的な批判であれば問題ないのですが、

お前のここがダメだ!

などと激しく指摘している「だけ」ですと、それがブーメランとなって返ってきます。

今日は、「相手に言うなら自分のことは棚に上げない」など、批判することについて書いていきます。

相手を批判することは簡単だ。しかしそれが返ってくることもあるから、それがわかった上で批判をしているのかを考えよう。

イランにもイスラエルにも言い分がある

世界情勢に詳しいお二人の話を聞いていますと、

なるほど。それぞれを0か100かで分けることはできないのだな

と思わされます。

日本にも様々な趣味や思想があるように、

日本はモラルの高い国だ

と言ったからといって、誰もが「良い人」であるわけでもありませんし、逆もまた然りです。

テロなどもそうですが、だからと言って、

イラン人の全員がどうのこうの…

と言うことはできません。

逆に「日本人だからこうでしょ?」と決めつけられたら、あまりいい気持ちはしませんよね。

戦争になる時とは、いつでも「自分が正義だ」と思っている両者が戦う時であり、そこで儲かるのは結局武器屋だったりします。

それぞれに言い分がありますから、

  1. その両者の立場を鑑みて
  2. 同盟や歴史の背景を考慮し

我が国日本が、どう立ち振る舞ってゆくかを考えるべきだということ。

日本は言ってみれば「部外者」ですから、例えばウクライナについてもあまり片側に肩入れしすぎますと、エネルギーを供給してもらえなくなったりと、国家間の関係がギクシャクしてしまいます。

それぞれには、それぞれの言い分がある

これは誰にでも当てはまることですから、「散らばっている要素」を総合的に見て、

どう動くのがベストなのか?

を考えることですよね。

中東の情勢を見ていると、必ずしも0か100かの善悪二元論では語れない事情がある。

批判は必ず返ってくる

さて、これを個人に落とし込んでいきますと、

あいつはこれこれこうだから、あいつは悪い!

という場面が想定できるかと思います。

僕も昔は、

  1. 他人を批判しては
  2. 自分のことは棚に上げる

ということがよくありました。

もちろん、建設的で生産的な議論はすべきであり、

ここのこの点が良くないのでは?

といった言い方は必要です。

一方で、ずっと批判ばかりしていますと、先のイラン・イスラエルの情勢のように、

じゃあ日本は核を持つなよ

とか、

今度、日本に石油はあげないからな

と言われてしまいます。

相手のことを批判するからには、

  • それなりに正当性がある
  • 立場をわきまえて発言している
  • しっかりと全体像を把握してモノを言えている

少なくともこういった要素が必要です。

ただただ “批判ありき” で批判している人には、必ずその矛先がいずれ自分に向いてきます。

お前だってそうだったじゃないか
じゃあこの場合はどうするのだ?

と言われても大丈夫なくらい、立場を考えて言えるかどうかです。

例えば僕も、教育について記事を書くことがありますが、

  • もともと教員だったこと
  • それぞれの良し悪しを見ること

などが前提条件にあった上で、バランスをとって話をするようにしています。

確かに、

部外者なんだから何も語るな!

が行き過ぎてしまいますと、議論も活性化せずよくありませんから、「関係ないなりにどう言うか」が大事なわけです。

特に「自分自身にも跳ね返ってくる」ということは、常に考えておかなければならないことですね。

若い時には、イキって感情論に任せて、

自分は正しい!お前らが改めろ!

と言っていました。(やばすぎる笑)

こうなりますと、

やばい。自分も言われるぞ…

と、戦々恐々としていなければならなくなります。

正しく、公平に意見するなら良いことですから、その点については注意が必要ですね。

相手を批判ばかりしていると、自分が批判されることを恐れてしまう。いわゆる批判合戦になるだけだ。まずはいろんな条件を加味して、それから建設的な意見をしていこう。

相手に言うなら、まずは自分から

そもそも先生だってできてないじゃん!

これは学校現場でよく聞いた言葉です。

当然、生徒たちのほうが未熟で足りないことばかりですから、先生の仕事として生徒を注意したり彼らに規範を示したりすることは大事なことです。

一方で、「仕事だから」と言って指摘をしているのにも関わらず、全然行動が伴っていない先生であれば、

おいおい。それで生徒に言えるのかよ?

と言われてしまいます。

確かに人間は完璧ではありませんから、

  • 大人だって
  • 先生だって
  • 上司だって
  • 先輩だって

うまくいかないことやミスもあります。

しかし、

やたら僕らのことは批判してくる割に、自分のことは結構棚に上げているよな

と思われてしまったら、結果的に多くの人が離れていってしまいます。

特に僕が批判をしなくなったのは、

  • 相手に変わってほしい
  • 自分の主義主張を通したい

という気持ちが薄れていったからでもあります。

それよりも、もっと自分にできることがあるだろ!

と、自分の成長のためにリソースを使わなければならないと感じたからです。

相手のためを思って…

と言う人もいますが、僕はそこまで傲慢になることはできません。

もし「その環境」を変えたいのであれば、自分が変わるほうが「100倍早くて楽」です。

むしろ「自分を変えること」で、自然と周りも意見を聞いてくれるようになったり、

まぁ、あなたが言うなら…

と、多少なりとも認めてくれるようになったりします。

人と関わる限りは、相手に意見したり自分の思想や信条を伝えようとしたりもすることでしょう。

それ自体が悪いと言っているのではなくて、

それよりも前に、やるべきことがあるでしょ?

という、考え方の問題ですね。

ともすれば自己中心的な考え方かもしれませんが、意外にも回り回って「社会的な円滑さ」を生むこともあります。

僕がこのブログを始めた頃からの、一貫している課題ですね。

今日も、明日も自己研鑽。

そのベースを守った上で、いろんな人とまた話してゆくこと。

これを大切にしていきたいですね。

人を批判すべき場面も、もちろんある。しかしその前に、まずは自分を向上させておくことが大切だ。その上で友人と議論したり、また自分の成長の糧にしたりしていこう。

おわりに

相手を批判したり、口撃したりするのは、実は至って簡単なことです。

相手の悪い点を、つついていればいいだけだからです。

そうではなく、

  • どうしたら建設的に話ができるのか
  • そもそも自分はそれを言える立場なのか

などと考えてゆく必要がありますね。

最終的には自分に跳ね返ってきますから、まずは自分からですね。

それではまた!

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