残された時間は限られているから【僕が毎日を必死に生きる意味】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

スティーブ・ジョブズの言葉に、以下のような節があります。

時間は限られている。

だから他人の人生を生きることで

時間を無駄にしてはいけない。

他者の人生を生きないこと

とは、僕がいつも言っていることです。

今日はどちらかと言えば、前者の「限られた時間」についてのお話です。

僕らの人生は限られている。

あっという間に、僕ももうすぐ40代。

さぁ、気合いを入れていきましょう。

残された時間は限られている。だから毎日を必死に生きよう。

いつでも最期を意識する

僕が毎日を一所懸命に生きるようになったのは、

この与えられた一生を、後悔したくないから

これが理由です。

若い頃は、

この時間が一生続くのだ

と思っていたものです。

しかし、20代、30代と歳を重ねてゆくにつれて、

あれ?このままだと、あっという間に人生終わってしまうぞ?

と感じたわけですね。

毎日を必死に生きなければ、

  • 最期に後悔する
  • その時間がムダになる

当然のことです。

それから世界を周り、いろんな経験をすることができました。

もし、

このまま人生が終わってしまえば、絶対に後悔するだろう

という気持ちがなかったならば、僕は世界を周っていなかったと思います。

世界から帰ってきたあとも、

明日にでも、自分の身体がなくなった時には、死んでも死にきれないぞ?

と思ったわけですね。

このように『最期』を意識するだけでも、人生へのアプローチの仕方がだいぶ変わりました。

逆説的に聞こえるかもしれませんが、

  1. 終わりを意識していないと
  2. 今の大事さを理解できない

そういうものなのです。

若い時は、どうしても「その先」が見えてこない。

だからこそ、

まだダラダラしていてもいい

と思ってしまう。

ある意味で、年齢が上がってきたからこそ、感じるようになったことでもあるのかもしれません笑。

でもそれからというもの、僕は一日たりとも後悔したことはありませんでしたね。

最期を意識すると、残された人生を意識するようになる。だから頑張れるのだ。

毎日を後悔なく

僕の一日を見てくださる友人たちからは、決まって、

お前はいつ休んでいるんだ?

と言われます笑。

どんなに短い隙間時間でも、僕はできる限り、

  • 作業
  • 勉強

などに充て、まとまった時間は「友人や家族との時間」と決めています。

自分のための「ラグジュアリーな時間」はどうでもよくて、強いて言うならば、

  • カフェ
  • サウナ
  • 美術館

などが、自分にとっての “最高の時間” ですかね。

しかし、「それ以上の楽しみ」はほとんどないですし(ディズニーとかも興味ない)、

今、リゾート地に行って楽しんでこい

と言われても、何も思わないどころか「やめてくれ」とすら思うと思います笑。

多くの人が、

もっと楽しいことをしたい!もっと幸せになりたい!

と思っているかと思いますが、僕は友人や家族と会えていれば、それだけで十分です。

美味しいご飯を食べることも幸せですが、やはり「人と一緒に食べてなんぼ」のもの。

一人で生活している間は、贅沢は求めていないのです。(というかあまり意味がない)

だから僕が毎日したいこととは、シンプルに一所懸命生きることなのですね。

  • 仕事でもいいし
  • 勉強でもいいし
  • 挑戦でもいいし
  • 子育てでもいい

何かこう、抽象的ですが「誰かのためになるもの/自分の成長に繋がるもの」をしていたいのです。

毎日を必死に生きていますと、

そんなに生き急いで、どうした笑
もっとエンタメとか、楽しいことあるよ?笑

と笑われることもあります。

それでも僕は、毎日僕の『限られた時間』を、大事に使っていきたい。

そう思うのです。

どうせ数十年後には、自分の命は尽きています。

あるいは、何か不幸な出来事で、あっという間にこの世から消え去るかもしれません。

だったら、ダラダラしている場合じゃないじゃない?

今すぐにでも行動し、やれることはやってみる。

それから、また考えてみればいい。

よかった。人生を後悔なく終えられた…

そう思えたら、その時は「毎日を頑張ったね」ということで、自分で自分を褒めてもいいのかなと思いますね。

人生で贅沢しようとしても、僕には興味がない。もっと何かをして、動き回っていたいのだ。

時に休みながら

ただ、僕はこう見えても結構「怠惰」です。

学校の先生を始めた当初なんて、あまりにも怠惰すぎて、家に帰ってからテレビやパソコン、スマホを見ては、スナックを頬張って深夜までダラダラしていました。

だから実は、一所懸命生きているであろう今でも、時に少しずつ休みを入れながら過ごしています。

例えば、

  • 授業間の隙間でYouTubeを見たり
  • たまにサウナに行ったり友人と出会ったり

と、結構自由です笑。

ただ、ダンスの帰りにずっと動画を見ていた時に、

やっぱり、この時間がもったいない

と感じ、作業に充てちゃいましたけどね笑。

それでも、たまにとる30分くらいの休憩で、僕はとても幸せを感じたりします。

一番の幸せは、友人と飲みに行ったり、家族と過ごしたりする時間です。

いや〜ダラダラしたなぁ!

と。

仕事という面においては、どう考えても「非生産的」ではありますが、

このために生きている

と言っても過言ではありません。

「最期」を意識するからこそ、

人と会える機会も、限られているんだぞ?

と思うわけです。

時に、

  • 自分の機嫌を取ったり
  • リラックスしてエネルギーをチャージしたり

することとは、とても大事な時間です。

それなしに、毎日頑張ることはできませんからね。

ちょっと矛盾しているかもしれませんが、「うまく休めない人」とは「毎日頑張ること」ができません。

自分はこんなに頑張っている!なんて大変なんだ…。でも一所懸命やっている自分、エラい!

と。

これではどこかで「エネルギー不足」が起き、できることもできなくなってきます。

ある意味、僕の「怠惰さ」こそが、毎日の原動力なのかもしれませんね笑。

また、休むと言っても僕の場合、

  1. お金はかからないし
  2. ものすごく時間がかかるわけでもない

という状態。

だからこそ、「続けること」を “続けられている” のかもしれません。

いろんな形の「休み」があっていいですし、リゾート地に行ったりダラダラしたりすることだって、批判されることではありません。

ご自身の好きなように休憩しながら継続し、毎日を一所懸命生きていきましょう。

毎日を頑張るために、少しずつ適切に休憩しながら生きてゆくことだ。この休息期間が、また次へと進む力となる。

おわりに

毎日を後悔しないように。

そう決めて書き始めたこのブログは、2021年の4月。

あれから5年以上が経ちましたが、今でも僕は毎日を必死に生きています。

おかげさまで、

  1. 日々成長し
  2. 多くの知識が身につき
  3. 身体つきも良くなる

という、心身ともに「スーパー健康体」となっております笑。

これからも毎日を必死に生きて、

いい人生だった!

と言えるような、そんな人生にしていきたいと思っています。

それではまた!

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