30代教員が思う組織をダメにする人の2例【受け入れて行動しよう】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)

以前、管理職(=校長・副校長・教頭)の言い方に、やりきれない思いをしたことを記事にしました。

実は今日、「仏」と言われたほどの温厚な僕が「怒り」を露わにしてしまったのです。

何年振りでしょうか。

当たり散らすことはなく、ただただ、

こんなに悔しいことはない

と吐いてしまいました。

一体僕に何が起こったのか。

しっかりと人を見ることだ。一所懸命やっている人が離れていってしまう。

ちゃんとやっている人を叱る人

教員も「ちゃんとしている生徒たち」に向かって、

今日はなんでこんなに少ないんだ?お前ら気持ちが緩んでいるんじゃないか?

と言ってしまうことがあります。

しっかり来ている生徒たちからすると、

なんで僕らが叱られているんだ?

と感じるわけです。

そして今日も、少し似たようなことが起きました。

僕は入試の業務を「一所懸命やりたい派」であり、チームとして仕事をしている時間が好きです。

しかしここ数日は準備が遅れに遅れ、今日も会議をせざるを得ない状況になってしまいました。

情報を共有しないまま進めることは、できませんからね。

学年末試験で忙しい中、質問や意見が飛び交いました。

そして、会議も終わると最後のところで、管理職から一言ありました。

それは僕らを唖然とさせるものでした。

緊張感がない。ちゃんとやってくれ

と。

全体に向けてのご意見でしたが、

そもそも準備を怠っていたのは誰なのだ?

と思いました。

この人は教員たちの働き方の、一体何を見て怒っているのだろうか?

不満がふつふつと沸いてきてしまいました。

結局彼らは、「何も見えていなかった」わけですね。

さらに輪をかけて、僕をイラ立たせたことがありました。

それは、普段あまり協力的ではない人の意見に、

素晴らしい!危機感を持っている!

と、賞賛のコメントをしたことでした。

僕の怒りはピークに達してしまったのです笑。

あなたたち管理職は、仕事現場の一体どこを見てきたのか?

そう思った僕は、管理職が話している目の前でしたが、

  1. イスに座って頭を手で支えながら
  2. ずっと天井を見ていました

その後司会から、

せいじさん、次の指示を…せいじさん…せいじさん?

と言われましたので、しぶしぶ指示を出しました。

こんなに怒りを覚えたのは、数年振りでした。

自分でも信じられないほど、とても怒っていたのです。

  1. 一所懸命仕事をしている人たちのことは見えておらず
  2. サボりながら仕事をしている人の一部分だけを切り取って褒め
  3. しっかりと仕事に取り組んでいる人たちに向かって、説教をする

こんな人が上に立っていたら、下の人たちのモチベーションは下がってしまいます。

こんな状況では、組織の一員が不信感を募らせてゆくだけなのです。

上に立つ人は、下の人の働きを真剣に見よう。表面上だけを切り取らずに、彼らの献身さを評価してあげよう。

責任は取らず現場のせいにする

学校の(=生徒数、カリキュラムなど)が変わってゆく中、

もっと学校について考え、話し合う場はないのか?

という素晴らしい意見が上がりました。

それに対する管理職の回答は、

自分たちが必要だと思うのならば、自分たちで開けばいい。現場の人たちが中心なのだから自分たちで変えていかないと

というものでした。

一見すると「確かにそうかも」と思う内容ですが、やはり現場での「言い方」を聞いていますと、口調の端々に、

  • 自分は開催したくない
  • 責任は取りたくない

といった気持ちが感じられました。

  1. 現場で話し合い
  2. 先生たち個人の意見を吸い上げて
  3. 次年度へとつなげていくこと

は理にかなっているプロセスです。

だからこそ、本当に学校のことを思うのであれば、

もっとざっくばらんに話し合える環境を作ってみましょうか
私がメインを務めますので、定期的に招集します

と、なってもいいもの。

確かに担任である僕も、「生徒自身に考えさせること」を大切にしています。

しかし先生は、「水先案内人」としての役割もありますので、

  • 投げっぱなし
  • 無関係を装う
  • 好き勝手にやらせる

ことは、責任を放棄していることに他なりません。

生徒が何かやってしまった時、生徒たちのケツを拭くのが、担任の役割です。

  • 後ろ盾になってくれる人
  • 好きにやらせてくれるけど、陰ながら支えてくれる人

には信頼も集まり、

この人がバックにいるから、自分もより良い働きができるんだよなぁ

と思えるものなのです。

残念ながら、

「責任を取ろうとせず、誰の支えにもなろうとしない人」

は、組織において上に立つことはできません。

ドンと構えて、

好き勝手やってみろ!責任は俺が取る!

こういう人の下でなら、教員たちも自由な発想で頑張ろうと思えるのです。

現場の人間には自由にさせながらも、責任は自分が取る。それが「人の上に立てる人」だ。

「組織とはそういうもの」と割り切ることも大切

以前も、「組織とは?」というテーマで記事を書きました。

僕はいずれ組織を離れますが、

以上、書いてきたことについてイヤだと思うから、辞めたいのだ

と思っているわけではありません。

確かに組織の「イヤな部分」を感じてはいますが笑、一方でそれもまた「組織の形」であると思うのです。

人間は誰しも完璧ではありませんし、時に周りが見えなくなることもあります。

様々な人たちが組織の中で混じり合うからこそ、不満や摩擦が生まれてしまうものなのです。

「上司ガチャ」という都合の良い言葉を使って、他人のせいにすることは簡単ですが、

  • この組織に属したのは自分
  • この働き方を選んだのは自分
  • この人たちの下で働いているのは自分

という「原因自分論」に立ってものごとを考えてみれば、事態がとてもシンプルであることがわかります。

全て選んだのは、「自分」というだけなのです。

もちろん、

  • 不満に思っていることを意見すること
  • うまくいかないことを改善しようと試みること

も大切なことですが、組織である以上は難しいことがほとんどです。

「よりよい組織」に向かうことはいいことですが、上手くいかないことに対して、

いつかなんとかなるはずだ

と期待し続けても、何も変わりません。

  • こういう人はいるものなのだ
  • こういう組織だから仕方ないのだ

と、ある程度は割り切りながら、自分の意見を伝えていきましょう。

基本的に人は、なかなか変わることができませんからね。

今後も少し意見はしてみますが、

組織に属しているとは、こういうことなのだ

ということを忘れずに、仕事を続けていこうと思っています。

組織では、必ずと言っていいほど理不尽なことがある。その事実を受け止めることができれば、精神的に安定することができる。

おわりに

割り切ることも大切だと思っていますが、僕は黙っていられない性分です笑。

  • 組織ってそういうものだから
  • どうせ変わらないし

と、受け入れるのではなく諦めることは、僕は良くないと思っています。

「なんとかして変えよう!」と躍起になるのではなく、

こうしてみたらどうだろうか?

と仕向けること。

ある程度割り切りながらも、自分なりに行動し、自分の糧にしていきましょう。

それではまた!

タイトルとURLをコピーしました