30代が1日で東京の3つの美術館をハシゴした話【東京はすごい】

雑談

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)

美術館が好きな僕は以前、

「箱根の3つの美術館を、一日で回る」

という偉業を成し遂げました笑。

実は、東京の美術館も3つ連続で回ったことがあります。

それは上野にある、

  • 東京都美術館
  • 東京ステーションギャラリー
  • 三菱一号館美術館

の3つです。

東京都美術館
東京都美術館の公式サイトです。多彩なラインナップで古今東西の美をお届けします。
東京ステーションギャラリー
東京ステーションギャラリーの公式サイトです。東京ステーションギャラリーは1988年から東京駅丸の内駅舎内で活動を続ける美術館です。開館以来、駅舎の構造を露わにしたレンガ壁の展示室と、ユニークな展覧会で親しまれています。
新しい私に出会う、三菱一号館美術館
JR東京駅徒歩5分。赤煉瓦の建物は、三菱が1894年に建設した「三菱一号館」(ジョサイア・コンドル設計)を復元したもの。コレクションは、建物と同時代の19世紀末西洋美術を中心。

それぞれの感想を述べていきます。

東京の美術館を3つ回ってみた。美術を巡るなら、東京だ。

吉田博展

東京都美術館で、どうしても見たい作品展がありました。

それは、吉田博展です。

木版画で有名な方なのですが、その色鮮やかで本物と見間違えるレベルの木版画を作り、版画で同じ作品の色を変えて刷るという「偉人」です。

  • 絵師
  • 彫り師
  • 刷り師

など、木版画を完成させるために「分業制」をとったことでも有名です。

いつも通りに6時半に起床した僕は、上野に到着しました。

ほぼ開館と同時に、浮足立つ気持ちを抑えて入館。

かなり人気なのだなと思いながら、みなさんの流れに乗りながら見て回ります。

木版画を見て感じたことは、その色鮮やかさでした。

木版画の独特な “淡い色合い” は「写実性」を超え、現実の風景よりもまたその一歩上を行く幻想さを備えていました。

来た瞬間、

間違いないところにきた

と感じましたね。

ホキ美術館の時もそう感じたのですが、すごいところは入った瞬間とは、「ここは違うぞ」と思わされます。

とてもいい時間になりましたね。

木版画の鮮やかさも素晴らしい。ぜひ日本人には見ていただきたい。

東京駅

上野恩賜公園の不忍池をぐるっと回った後は、御徒町駅まで歩いて東京駅へ。

「東京ステーションギャラリー」に到着しますと、要予約だったことに気づきました。

やばいぞ?

と思い、一応聞いてみたところ、なんとか入れていただけました。

ステーションギャラリーの由来は、もちろん、

東京駅内にある美術館だから

です。

狭くてこじんまりしていますが、東京駅の歴史を感じられる美術館なので、オススメですね。

当時は「南薫造展」を開催していましたので、印象派の絵も見ようと思ってぐるっと回りました。

東京駅の歴史あるレンガの内装を感じながら、静かに見る美術作品の数々。

なんと、

  • 吉田博も
  • 南薫造も

まさかの「没後70年」の展示会だったのでした。

基本の型と型破り

美術の専門的な知識がないと、

  • ピカソも
  • ゴッホも
よくわからない絵を描いているな

と思いがちですが、実は基礎がとてもしっかりしています。

この南薫造の作品群も、

なんだか抽象的だな

と思って見ていますと、たまにものすごい写実的な作品が出てきます。

美術館に行っていつも思うこととは、「型破り」という言葉です。

この世に素晴らしい作品を残した芸術家たちというのは、とにかく基礎がすごく固められているということ。

何事も、まずは「型」を作ることが大切です。

型ができて初めて、その型を “破っていくこと” ができますからね。

英語でもダンスでも、

  • 文法や語順
  • フットワークの基礎練

など、まずは基本に忠実になりませんと話になりません。

美術も同じなのだなと思っています。

天才や例外はいるとは言え、周りから「すごい」と言われる人とは、その道を極めた人です。

その域に到達するためには、きちんと「0」から学ばなければならないということ。

何事も、最初は大変なんですよね。

ゆえに、始めるのが一番苦労するもの。

最初のその苦労を乗り切り、「それが好きだな」と思って続けて行けば、きっと楽しくなるでしょう。

そしてその人なりの「型破り」をしたとき、唯一無二の存在になれるわけですね。

美術においては、型を破るために「型」を覚える必要がある。まずは基本的な知識と技術からだ。

初めての丸の内

東京駅といえば、新幹線を使う時には来ますが、外観を見たのは30代になって初めてのことでした。

丸の内のほうの出口を出て、広ーいスペースに出た時の、あの圧倒的な開放感。

道が広い。建物が高い。ここが東京か…

と。

東京駅の周りを歩くだけでも、ちょっとウキウキしてしまいますよね。

落ち着いていて、エレガントな空気が漂っていました。

圧倒されながら、駅から歩くこと10分。

同僚の先生(=オシャレでめっちゃ渋い叔父様)からご紹介いただいたのが、「三菱一号館美術館」でした。

その外観は「赤レンガ造り」の立派な建物でして、三菱が丸の内に建てた、最初の洋風事務所です。

当時は「コンスタブル展」をやっていました。

この方は、油彩絵画で田園風景を多く手がけました。

その作品を見ているだけでも、イギリスにいるような錯覚を覚えましたね。

ここでもまた、大勢の人が詰めかけて作品を食い入るように見ていましたが、その気持ちもわかります。

だって、建物がオシャレなんですもの。

作品ももちろん、とても素晴らしかったですね。

大人になってから歩く丸の内は、圧巻だった。ここが東京かと思わされたのだ。

おわりに

美術、特に絵画となりますと、

なぜその絵を描く必要があったのだろうか?

という疑問が湧いてきます。

近現代であればカメラもあったはずですし、現代であればわざわざ風景画なんて描いたところで、写真には勝てません。

では作る意味とは、なんなのか。

  • 木版画も
  • 風景画も
  • 肖像画も

写真や映像では付け足すことのできない、作り手の魂が宿るのだ

と、僕は思っています。

いかに実際にあった情景の、再現性が高いか?

が問題なのではなく、彼らが独自の感性で再構築しただけなのです。

美術でも建築でも、背景に必ずその人たちが「写る瞬間」があります。

作品を鑑賞することで、過去の人々と会話ができるのではないかな、と。

悩んだり止まったりした時こそ、過去に同じ悩みを抱えて来た「先人たち」からヒントをもらうのも、悪くないと思います。

自分の人生も、こうして伝え続けていくことで、誰かの役に立てるといいなと思っています。

それではまた!

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