生み出していく側の人間になれるよう努力する【常に提供してみよう】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

自分でビジネスを始めてから2ヶ月くらいが経とうとしています。

始めてみると面白いものでして、そうしたビジネス関連の動画を見るようになってきました。

動画でも「まず行動しろ」と言っていますので、僕自身も、

大切なのは行動することだ

と思うようになっています。

いつも偉そうに豪語しているものですから笑、

「いろいろと試して失敗しながら生きていくこと」

がモットーとなりました。

効果の出ることもあれば、全然芽が出ないものもあって、その試行錯誤が面白いですね。

いろんな人にアドバイスをもらったり、お客さんに「ありがとう」と言ってもらえるのはこの上ない幸せです。

今日は「与える側に立つこと」について書いていきます。

与える側は物理的にしんどいが、とてもやりがいがある。常に与えよう。

与えるって大変

埼玉に引っ越してきてから毎朝やっている朝活英会話ですが(一日休みました)、

  1. 作るのがしんどいわけでもなく
  2. むしろ朝早く起きられるので健康的である

という側面を持っています。

とはいえやはり、「準備して臨む」とは教員時代と変わらず大変なことです。

この前初めてキッズ向けの英会話も準備を重ねて当日を迎えましたが、それもまた大変なものでした笑。

先生とはいつの時代も「準備」をしなければならず、「教える」というだけで労力を使います。

一方で、その時間はとても楽しいものであり、

ありがとう

と感謝された日には、天にも昇る想いです笑。

与えるって大変だけど、それだけのバックがあるんだよなぁ

僕はいつもそう感じています。

「受け身」という言葉があるように、「受け取る」とは何もしなくていいということに近いです。

もちろん受け取る側も、

  • お金を払ったり
  • 時間をかけたり

はしますが、当然のことながらほとんど準備は要りません。

それに比べると「与える」とは報酬をいただく分、それだけの準備やスキルが必要になってくるというわけです。

毎朝の活動に限らず、

  • インスタライブ
  • オンライン授業
  • 有用な情報の提供

には時間をかけています。

痛みなくしては得るものはないということ。

教員時代も「仕事」として授業を提供していましたから、今でも別段大変なこととは思っていませんが、準備して提供するということは、それだけ労力が要るということは間違いないのです。

与えるとはいつの時代も大変なものだ。しかしそれだけ得られるものがあるということだ。

とてもやりがいがある

決して「ネガティブなこと」を言いたいわけではなく、

しんどさにも意味がある

ということを、今日は伝えさせてください。

確かに毎日死ぬほど働いていますと笑、

果たして意味があるのだろうか?

と思ってしまうこともあります。

でもそれと同時に、やはり「やりがい」があることは間違いありませんでした。

受け取られるものも多く、「お金/報酬」だけでなくて、その人との繋がりから生まれる「感謝」も最高のものです。

いつからか僕は、報酬というところから少し離れた「抽象的なバック」を欲するようになっていました。

要は、

  • 感謝
  • 評判
  • リピート

といった、人として素直に嬉しいことを、与えれば与えるほど受け取ることができたのです。

学校の先生をしていた時と違って、報酬だけでなく意見やコメントもダイレクトにくるのが現在の事業。

一方で、先生の時に感じていたことと一緒の考えも持っていて、

お金についてはそのあと考えるとして、今は目の前の人に与えて、その分感謝されたい

とも思っています。

結局どんな働き方をしようとも、誰かの役に立つとは僕にとっては嬉しいことなのです。

「与える」とは、ここ数年での僕の生きるテーマとなりましたが、

しんどくてもやりたいもの

となってきています笑。

たぶん、もうそういう星の下に生まれたのでしょうね。

先生として身を粉にして働いていた時も、報酬やボーナス以上の『対価』を求めていた自分がいました。

僕はもともと先生といった職に就くような人間ですから笑、根っから「提供すること」が得意かつ好きなのかもしれません。

場を作ったり、英語を教えたりすることはとても楽しくて、最近は、

せいじ先生いつもありがとう

と言われるためだけに生きています笑。

褒められることは苦手ですが、感謝されることは嬉しいものです。(公衆の面前で感謝されると恥ずかしいが)

だから与えていく。

そこには「0」からエネルギーが生まれるような、そんな気配が感じられるからです。

与えることはしんどくても、やりがいがある。感謝されるためだけに生きているのだ。

常に与える側に立つこと

「与える側」に回りますと、いろんなことを享受できる機会に恵まれます。

それは別にお金に限らず、先述したようなもっと抽象的なものです。

数年前から「与える」と意識して始めたこの「与える活動」ですが笑、僕は教師を辞めた後でも、こうして同じことを繰り返しています。

それだけ、

常に与える側に立っていたい

という気持ちが強いのです。

これはとても根気が要るものですし、根本的に「なぜ与えるのか?」を自分なりに消化できていないとしんどいだけのものとなります。

逆にその点さえ腹落ちしておけば、自然と「受け取る側」の時間を少なくしたくなってきます。

与えるほうに、時間を割きたくなってくるからですね。

とはいえ、僕は生まれてから今まで多くのものを受け取ってきていますし(今でも)、

与えている側が常に偉い

と言っているわけでもありません。

それはお互い様ですからね。

それでもこの視点に立てるようになりますと、本当の意味で人生が豊かになってきます。

教師をしていた時も、しっかりと働いてはいましたが、

学校に来さえすればいいんだろ?

という「手抜き」もするようになっていました。

徐々に改善された教員の後半では、仕事にプライドを持っていましたし、生徒との人間関係も徐々に改善されて「与えること」を意識するようになっていました。

空いた時間は自己投資や友人たちとの時間に費やすようになり、そこでも、

どうやったら与えることができるか

を意識するようになっていました。

僕が言いたいことは、

結局「与えること」を意識して行動していると、人生が豊かになる

といった「抽象的な報酬」を受け取ることができる、ということです。

これは欲しくてもなかなか手に入らなかったものでしたから、僕にとっては嬉しいことでした。

働けばいいんだろ?

という態度でお金をもらっているうちは、本当の意味での「幸せ」を得ることができません。

そのお金に乗っている「感謝」にも気づけませんし、惰性で働くようになるからです。

それを超えた先にあるものは、受け取って初めて感じられるもの。

だから常に与える側に立ってみましょう。

僕はそのおかげで、たくさんのものを得られましたから。

今でも試行錯誤は続いています。

今日はどうやって与えることができるだろうか。

考えていきましょう。

受け取る側から「与える側」になることを意識してみよう。そこに込められた感謝の想いは、何にも代え難いものだから。

おわりに

個人事業を始めても、

  1. 毎日朝活をして
  2. 毎日オンライン授業をして
  3. 定期的に動画配信をして投稿をして
  4. 定期的にオフラインでの英会話を企画する

ようにしています。

しんどいといえばしんどいですが笑、常に与えている意識があって、とても楽しいです。

それが「呼吸するレベル」でできるようになってきましたので笑、これからも続けていこうと思っています。

それではまた!

コメント

タイトルとURLをコピーしました