30代教員が不登校について話します【簡単な話ではない】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

現在、『学校、行かなきゃいけないの?これからの不登校ガイド』を読んでいます。

僕なりの考え方、教師としてできることなどを書いていきます。

不登校とは肯定されるべきものでもない。ただ、その場のケースによって判断をしてゆく必要がある。しっかりと生徒の言葉を聞いていこう。

学校に行かなくてもなんとかなるわけではない

今の時代は多様性が認められ、

  • 昭和の暴力教師
  • 学校という収容所

というイメージは払拭され、校内で教師による酒・タバコは許されなくなり、不祥事があれば事実上クビという段階まできました。

また「登校拒否」という表現がなくなり、「不登校」という表現に置き換わりました。

僕も学校に来られなくなった生徒には、

まだ他の道もあるから、学校にくるのが精神的に嫌であれば来なくても大丈夫だよ。通信制なんかもあるし

と伝えることがあります。

本書を読んだところ、実例として芸人の山田ルイ53世さんが6年間の引きこもり生活をしていたことが書いてありました。

本人曰く、

学校に行けなくなったことは後悔でしかない

とのことでした。

学校は “よくも悪くも” 集団で学ぶことができるし、頑張って大検はとったものの理科の実験や教室の雰囲気とかは学校でしか学べない

と。

何でもかんでも、

俺は不登校から逆転したんだ!

と不登校の経験を武勇伝にしたがる人がいますが、彼はそんな発言に警鐘を鳴らしていました。

特に日本の「学歴社会」がまだ色濃く残っていることが、大きな影響を与えているようです。

もちろん大学や大学院を出ても、逆にうまく職に就けないなどの事例はあります。

しかし、不登校の生徒ほど中卒・高卒の割合が高く、その分、給料の格差があると書かれていました。

不登校自体は否定していませんし、選択の余地がある上で好きな道を選ぶのはいいことです。

ただ彼からすれば、

できる限り学歴を重視しておいたほうが(そして「学校」という現場で学んだほうが)、結果的には遠回りせずに済む

という意見を伝えたかったようです。

僕自身も、

なるほど。そこまで将来を考えさせられるよう、ケアしてあげなければいけないな

と思いました。

先生たちは先生たちなりに、

  • 通信制の紹介
  • 経済的な支援への申し込み

への誘導をするなど、昔に比べて柔軟な現場になっていると思います。

ただ、学校だけではそうした支援ができなくなってきているのも事実です。

先生たちもなんとか学校につなぎとめたり、次のステップを紹介しますが、それ以降は家庭のサポートが言うまでもなく大切であり、生徒本人に寄り添ってあげられる人もまた必要です。

学校に全てを求めるな!

と言いたくなるところをグッとこらえる日々ですが、実際は行き場のない生徒にとっての「第三の場所」もまた、社会には必要なのだ思っています。

学校に行かない選択肢もあり。そういう言い方もできるが、実際は学校に行かなくて後悔している人もいる。

その日暮らしの生徒もいる

現在勤めている学校でも、バイトをしている生徒が多くいます。

僕自身、貧しい家庭だったと思っていましたが、お弁当は作ってくれましたし高校時代にバイトなんてしたことはありませんでした。

両親のおかげです。

感謝しています。

本書を読んでいますと、そうした事例が多数あげられていまして、

あぁ自分の家庭はとても恵まれていたんだな

と思わされるくらい、さらに凄まじい事例も紹介されています。

以前読んだ『成功する子失敗する子』でもアメリカの事例がありましたが、あのレベル(明日の命の保証がない)と言ってもいいくらい、命の危機に脅かされている生徒も日本にはいます。

怠惰でもサボりでもなくて、本当にお金がなくて路頭に迷ったり、明日の家族の食事のことだけで頭がいっぱいになっていたりと、学校どころではない生徒もいます。

すると貧困の負の連鎖に陥ってしまい、

「不登校 → 低学歴 → 非正規雇用 → 低賃金」

といったスパイラルにハマってしまいます。

そうした生徒の存在を「知っているか/知らないか」では、アプローチの仕方も変わってきます。

まず「そうした事実がある」ということを前提に、生徒と面談したり相談に乗ってあげたりしたいものです。

本書では、

生徒が「自分を曝(さら)け出せる場所」があるだけでも救いになるし、場合によっては同じ境遇にいる生徒同士でグチるのも効果的だ

と書いてありました。

しかし先述した通り、

  1. 学校側だけで全てに配慮していくことはしんどい
  2. 親も「やめるなら仕方ないね」と即座に諦めてしまう傾向がある

など、まだ問題は山積されています。

学校現場では、そうした生徒へ配慮できる教員が多くなり、生徒に対する理解も深まってきてはいます。

難しい議論を呼ぶ状況も多々あって、仕方なく転退学を勧めざるを得ないときもあります。

良くも悪くも義務教育を終えた機関だからこそ、できる対処法ですかね。(高校は義務教育外)

是非はあるにせよ、議論をした上で、生徒の将来の道を提示していきたいと思っています。

生徒の中にはしんどい子もいる。学校に限らず、生徒が安心できるいろんな場所を作ってあげるのが、この社会の役目だ。

学校現場では何ができるか

学校という現場では、公平さも担保しなければならないため、複雑な家庭状況・経済状況を背景に持つ生徒に、アプローチをしづらくなることがあります。

学校現場でできる最低限のことは、「話ができる先生」がいる、ということなのかもしれません。

  • 保健室でも
  • 管理職でも
  • 事務員でも
  • 地域のボランティアの方でも

それこそ担任や学年の先生であれば、なお良しです。

僕も個別塾のバイト時代、

90分1コマの授業で、生徒の相談に乗って終わる

という授業もありました。

彼らは、勉強している場合ではないのですもの笑。

学校では確かに、「授業が一番」という気概を持つことが大切です。

ただ一方で、

この先生なら話してもいいな

と思わせることが、より大切だとも思いました。

現代は「信頼の貯金をすること」が社会人にとって大切ですが、それは対生徒でも一緒です。

信頼のない先生には、誰も耳を貸そうとしないからですね。

大人、教師というよりも、一人の人間として尊敬されるような、そんな教師が僕の目指すべきところなのかなと。

ただ優しいだけでなく、時間がなくても生徒にしっかりと耳を傾けること。

いろんな知識や生き方、失敗や経験を伝えられるよう、日々勉強していきますね。

学校現場では、その生徒の話を聞けるだけでも彼らにとって大きな効果がある。生徒の言葉に耳を傾けてみよう。

おわりに

伊坂幸太郎著、『砂漠』において、西嶋というキャラクターがこんなことを言います。

目の前の危機を救えばいいじゃないですか。

今、目の前で泣いてる人を救えない人間がね、明日、世界を救えるわけがないんですよ

そうなんですよね。

学校という狭い空間では、目の前の生徒に集中するしかないのです。

限られた時間と場所で、生徒とたくさん話すしかないのかなと。

変わりつつある学校現場ですが、いつの時代でも教育とは「闘いの連続」です。

一つ一つ壁を越えていくため、全力投球でやっていきたいと思います。

それではまた!

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