僕が他人に干渉しなくなったのはなぜか【自分はいつまでも未熟だから】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

  • 職場
  • 家族
  • 趣味の集まり

など、人にはそれぞれグループがあります。

そこでは、いろんな衝突やすれ違いがあって、

なんでこいつはわかってくれないのだろう?

と思って悩んでいる人は、世の中にたくさんいるはずです。

僕は教師としてたくさんの生徒と向き合ってきましたが、

やっぱり、先生にできることなんてそこまでないんだなぁ

と実感したのが、9年間の仕事を終えた時でした。

基本的に、人を変えることはできません。

この前提に立っておきますと、人生がとても楽になります。

今日は「他人を変えようとしなくなったこと」について書いていきます。

その人との関係値も大事だが、基本的に人を変えようとして変わるものではない。自分もいつまでも未熟だと思って、傲慢にならずにいこう。

人を変えようとしない

僕がいつも紹介するのが、『嫌われる勇気』です。

簡単に言いますと、

他人があなたを嫌うのは、その人の課題であってあなたに変えられるものではない

という教えです。

この考え方に立って考えてみますと、「人を変える」という行為自体が、いかに難しいことかがわかります。

逆に自分について考えてみましょう。

せいじ、お前にこう変わってほしい!俺の/私の願いなんだ!

と言われましても笑、

いやいや、僕には僕の信条があるんで…

と、誰だってこうなりますよね笑。

特にこれは、

自分は頑張っている!(正しいことをしている!)

と思っている人にありがちな行動です。

言われた側からしたら、

今自分のやっていることくらい、自分の好きなようにさせてくれ

と思うのが普通ですから、ごく自然なことなのです。

僕は要らぬ正義感から、教員時代に “生徒を変えようと” していました。

  • モラル
  • 大事なこと
  • 自分の背中

これらを伝えたり、生徒の道を正したりすることも確かに大切です。

それでも、本人の中で納得したり感銘を受けたりしない限りは、人とはなかなか変わらないものです。

それよりも、「自分にできること」に集中する方が、よっぽどいいと思っています。

基本的に人を変えようとしないことだ。そんなことをしたって相手が変わらないということは、自分に照らし合わせてみれば容易に想像できる。

自分はいつまでも未熟

少し視点を変えて見てみましょう。

僕は時々、

というか、僕だってこんな偉そうなことは言えないよな…

と思うことがあります。

もちろん、

  • 先輩として
  • 先生として
  • 講師として

立場上、説明したりアドバイスをあげたりすることはあります。

それでも、

まだ完璧ではないし、自分でも気をつけていかなきゃいけないな

と思うようにしています。

自分ですら、

そうか!そういうことだったのか!

と、いまだに自分の未熟さに気づくことだってありますよね。

いくつになっても、人間とは「学んでゆく生き物」ですから。

そんな状態なのに、

俺は/私は100%合っているんだから、お前は変わらなければダメだ!

という姿勢をとるのは、「ちょっと違うのかな」と思うのです。

何度も言いますが、別にアドバイスをしたり、自分の意見を伝えたりすること自体は良いことだと思います。

ただ「自分の正義」を無理に押し付けたり、相手の正義を捻じ曲げて姿勢を矯正しようとしたりするのは、逆効果ですらあると思いませんかね。

もっと謙虚になって、

自分もまだまだ未熟な部分はあるし、完璧ではないし正しいわけでもない。ただ、こう思っているんだ

こういう姿勢を持てるかどうかだと思うんですよね。

このほうが聞いている側も、

なるほど。そういう考え方もあるかな…

と、素直に受け入れることができますし、考える余白みたいなものが得られます。

それから、あとは相手に考えさせればそれでいいのです。

むしろ謙虚である姿勢を示している方が、

  • 向上心
  • 柔軟性
  • 寛容さ

などが伝わり、

こういう人になってみたいな

と、自然に自分の思想(=こうあってほしいという像)に寄せることができます。

僕は自分のことを、

いつまでも未熟な人間だ

と思っています。

卑下しているわけではありません。

単純に「相手に変わってほしい」とは、思っていないということ。

そして謙虚であるほうが、逆に相手に「想いを伝えやすい」と思っているんですよね。

自分はまだまだ未熟だ。そう思えているほうが、謙虚にアドバイスをすることができて、逆に魅力的に見える。

傲慢にならない

先述しましたが、

相手を変えようとしている人とは、基本的に傲慢だ

と思っています。

いろんな要素がありますが、

  • 自分のほうが偉い
  • 自分の正義こそが正しい
  • 自分の言うことさえ聞いていればいい

という発想があると思っているからです。

こういう態度でいた場合、相手はすぐに察知します。

あぁ、この人はこちら側の意見を聞こうとしないんだな

と。

僕が教員をやっていたときは、生徒からすぐに見透かされていたものでした。

実は、

  • よく思われたい
  • 相手のためを思って言っている

といった先生たちも、逆に鬱陶しがられていたのです。

相手がどんなに怠惰で、どんなに間違っていても、です。

親身になって聞いてあげることは大事なことですし、僕だって真剣に話を聞きます。

アドバイスもしますし、質問したり意見を伝えたりもします。

「変わってほしい」と心の中で思うことも、確かにあります。

ただその際に、

お前は間違っている。いいか。俺の/私の言うことをよく聞いておけ

という態度になっていたら、生徒に正しい道を教えることはできなかったことでしょう。

福沢諭吉いわく、

天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず

です。

  • 先生になろうが
  • その道で先に進んでいようが

いつでも謙虚でいなければ、

俺はもう完成した!最高到達点にいるんだ!

と勘違いをして話をしてしまいます。

あいつは何度言ってもできないんだ。まったく…俺が/私がこんなに教えてやっているのに…

と言っている人とは、面倒見が良さそうに聞こえるのですが、人に干渉ばかりしていて結局はお節介の「傲慢」でしかありません。

そんなことに時間を割かずに、もっと自分の成長のために時間を割いたらいい。

後進を育てるという意味で、相手のために時間をとってあげたとしても、

俺が/私がこの子を変えてやる!

と意気込まないことです。

相手がいい大人なら、なおさら自分で変わるタイミングを待つ必要がありますから。

  • 適宜、話はするが
  • 傲慢にならずに謙虚に話し
  • その場で相手を変えようとしない

このスタンスが大事ですね。

傲慢になってしまいますと、「正義はいつも一つだ」と頑固になってしまい、他人の意見よりも自分を上に置くことになってしまいますからね。

注意していきましょう。

「自分が正しい」という正義を貫こうと思ってしまうと、傲慢になってしまう。謙虚にいること。そして相手を無理やり変えようとしないことだ。

おわりに

相手に不満を持つ人とは、「相手に期待している人」とも言えます。

「期待する」とは聞こえはいいのですが、実はただただ自分の価値観を押し付けているだけに過ぎません。

相手を変えようとするのではなくて、自分に投資をして、自分の時間を過ごしてゆくこと。

これが大事ですね。

それではまた!

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