あなたのことを否定してくる人へ【そんな人は無視して次へ】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)

人と関わっていますと、いろいろと摩擦も起きるものです。

むしろ、「摩擦の起きない人生」とはあり得ないものであり、

それってどういう人生?!

とも思えます笑。

だから、

なんで自分は、こんなに人とぶつかってしまうのだろう…

と思ってしまう人も、案外普通のことなのかもしれません。

ただ、それでもみなさんのことを「否定してくる人」もいます。

さて、そんな時はどうすればいいのでしょうか。

僕なりの対処法を書いていきます。

否定してくる人なんて、無視でいい。むしろ、そこに突っかかるということは、自分にも何か思うところがあるということだ。

否定してくる人

世の中には、相手を否定しようとする人が、一定数いるものでして。

だから基本的には、気にしなくていいです。

というより、相手を否定したところで、

  1. 否定した側には何も生まれないし
  2. 否定された側もあまりいい気持ちはしない

となるだけですからね。

もちろんこれは、

批判すること自体がナンセンスだ

と言っているわけではありません。

時には議論の中で(生産的な)批判をする必要はありますし、自分の過ちを、甘んじて受け入れなければいけないこともあります。

僕も、現政府のやり方や学校の教育方針に、声をあげてきた人間ですしね。

ただし、中には「否定」ありきで批判をしてくる人たちがいる、ということ。

そういう人たちの声は、気にしなくていいのです。

「大事だな」と思えば、受け入れればいいですしね。

先日も、

英語なんて意味がないと思う。今はイヤホンで翻訳や通訳もできるし

と言われた、という友人がいました。

僕からすれば、

まぁ、そうだろうね

くらいの反応でして。

それは事実ですからね。

その人が英語の勉強をしたくないなら、無理して勉強をする必要もありません。

テクノロジーに頼ればいい。

もし僕のように「言語学習をしている人」をターゲットに批判(否定)したいのであれば、勝手に言わせておけばいいのです。

その人には何も生まれませんし、僕らも気にしなければノーダメージです。

執拗に口撃してくるようであれば、

  • 無視
  • ブロック

が一番ですね。

否定してくる人の言葉なんて、気にしなくていいのです。

生産的な批判ではなく、ただただ相手を貶(おとし)めようとする人の言葉なんて、無視していい。気にせず、自分の好きなことを続けていこう。

反応する = 何かある

裏を返せば、

なんだと?ふざけるな!

と感じてしまうということは、自分自身にも “思うところ” がある、とも言えます。

要は、相手の意見に対して「反応する要素がまだある」ということ。

その時点で、自分のスタンスについて、今一度考え直すべきですね。

ある意味、

  • 何か言いたい
  • 言い返したい

と思うテーマであれば、それは自分の中に「アツい何か」があると言ってもいいです。

英語学習の話については、僕の中で答えが出ているため、何か言われたとしても反応することはありません。

一方で、まだ勉強中の政治経済に関しては、

いや、それは違う!

と、”いい意味で” 突っかかることにしています。

そのほうが、自分の勉強にもなるからです。

英語や教育に関しましては、20年間携(たずさ)わっていますから、そこら辺の人に何か言われて揺らぐことはないのです。

みなさんにも、そうした「譲れないもの」があるのかなと。

お仕事から趣味まで、長年やっていたものであれば、素人に何か言われたところで、

はいはい。もうちょっと勉強しようか

と、いなせるはずです。

それでいいのです。

「その道をわからない人」から批判を受けても、特別何かを感じる必要なんてありません。

むしろ感情的になった時は、

ん?なんで自分はこんなに、感情的になっているんだ?

と考えてみるといいです。

僕も「消費税の財源論」になった時に、

いや違うんだ!

と反論したはいいものの、自分もよくわかっていませんでした。

あ、勉強しなきゃダメじゃん

と。

何か言われた時に、感情が動く。

これはとても大事なことです。

その原因を探り、また次に繋げていきましょう。

批判を受けたり、否定されたりした時に、自分がどういう反応をするのか。その時の自分を客観視しておけば、感情的に反応しなくなるのだ。

自分のことに集中すればいい

何か言われても、揺らがないこと。

これは僕がこのブログを書き始めた時の、テーマの一つでした。

特に人間関係に悩んでいた僕は、読書をして、

  • メンタル
  • 人との付き合い方

などを学びました。

学んでいてわかったこととは、

いかに自分が、他人のことを気にしていたか

という事実でした。

人に何か言われるたびに、

は?なんだと?

と、突っかかっていたということです笑。

あるいは、

なんか傷ついたなぁ… 自分が間違ってたのかなぁ…

と凹んだ時もありました。

そんな状態ですと、どんどん自分の人生が “他人によって” 蝕(むしば)まれていってしまいます。

しかも、「自分で勝手に」自分の人生をダメにしてしまっているのです。

精神衛生上も、よくありませんしね。

  • 批判したい人は、世の中に一定数いる
  • 自分だって、納得いかないことには声を上げる

こうした事実に基(もと)づけば、

他人の言葉に突っかかるだけ、時間のムダだ

ということがわかります。

ここが「議論」との違いです。

議論においては、基本的に相手への「尊敬(=リスペクト)」があります。

なるほど、そういう考え方もあるか

と。

先ほどの例のように、「英語学習がどうのこうの」と言われたところで、

まぁ、そういう意見もありますが(=すでに熟考済み)、こういうふうにも捉えることが可能です(=他の例や自分の意見)

と言います。

相手の意見を、真っ向から否定しているわけではないのです。

まぁ、そういう考え方もあるよね

と受容するのです。

この域に達しますと、他人の意見が頭の中に残ることが少なくなります。

それもまた、一つの意見だ

と、認めるだけのことだからです。

自分のことに集中しつつ、直すべきところや受け入れるべき批判は受け入れること。

このスタンスを忘れずにいけば、ストレスのない人生となることでしょう。

他人の言葉を間に受けて、自分の人生をぐちゃぐちゃにしないことだ。相手の意見も受け入れつつ、自分の人生に集中しよう。

おわりに

社会には、本当にいろんな方がいらっしゃいます。

僕は、

  • 教育現場
  • オンライン授業
  • オンラインコミュニティ

などで、老若男女、様々な方々と会ってきました。

いろんな人のいろんな意見があって、どれが絶対正しいということはありません。

それはお互い様。

だから自分の意見も持ちつつ、相手の意見を受け入れていきましょう。

理不尽かつ執拗にぶつかってくる人は、無視で大丈夫。

それではまた!

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